
「庭に咲いている紫陽花を、ひと枝分けてもらいたいんですが」
そんな小さなきっかけから、「くるみの木」というお店を開く話が進んでいったーーー
先日、奈良のカフェの草分け的存在として知られる「くるみの木」のオーナー、石村由起子さんの講演会に参加しました。テーマは「明日のわたしを作るために」。
長く親しまれているお店にも、こんな始まりがあったのですね。
石村さんが聞かせてくださった、お店を開くまでのお話からご紹介します。
紫陽花をもらいに行ったら、お店を開くことに
当時、結婚して奈良に移り住み、庭づくりに夢中だった石村さん。
ある建物の庭に咲いている白い紫陽花があまりにきれいで、ひと枝分けてもらおうと、なかの方に声をかけたそうです。
その建物が、後に「くるみの木」になる場所でした。
どんなお店をやってみたいのかと聞かれ、頭の中にあった思いを話すうちに、その方から「この場所でお店をやってみないか」というお話が出てきます。
そして、あれよあれよといううちに、建物のオーナーのお宅に伺うことに。
この時点では、まだご主人には何も相談していなかったそうです。
石村さんから話を聞いたご主人は、お店などできるはずがないと大反対。
それでも、一緒にオーナーの方に会いに行ってくれたそうです。
オーナーの方も、最初は建物を貸すつもりはありませんでした。
「女性一人で店ができるはずがない」と言われたのです。
ところが、ここでご主人が、石村さんのことを応援するように話し始めたのです。
「妻は言ったことを必ず実行する人だから、信じてほしい」
そんなふうに、後押ししてくれたのです。
反対していたご主人が、今度は応援する側に回る。
石村さんご自身も想像しなかった展開の中で、お店を始めることが決まっていきました。
石村さんのおばあさんから受け継いだ、おやつの味
開店当初は雑貨の販売が中心で、食事もケーキもありませんでした。
お客様からは「ご飯は食べられないのか」「ケーキはないの?」と、食べるものを求められるようになります。
料理には自信があった石村さん。でも、ご自身はケーキの生クリームが苦手だったそうです。
そこで思い出したのが、おばあさんが作ってくれた、素朴なおやつでした。
今日はさつまいも、別の日はかぼちゃや豆。小さな子どもを喜ばせようと、入れるものを変えながら作ってくれたお菓子。その記憶をたどって作った焼き菓子が、お客様に喜ばれ、お店を支えていきました。
お店を支える味の原点が、子どもの頃の台所にあったのですね。

今でも、おばあさんが使っていた籠や道具も、大切に残し、お店に置いているそうです。
困った時もうれしい時も、そこに向かって話しかけるのだそうです。
お菓子の作り方だけでなく、人を喜ばせたいという気持ちにも、おばあさんから受け取ったものが息づいている。そんなふうに感じたお話でした。
以前の仕事が、時間を経て再び生きてくる
今では奈良を拠点に、各地のお店や施設のプロデュースも手がけている石村さん。その空間づくりにつながっていたのが、以前、建築会社で働いていた頃の経験でした。
石村さんは若い頃、図面を描いたり、模型を作ったりしていたそうです。その頃の自分が、どれほど会社の役に立てていたかは分からない。それでも、一生懸命に働いていたと振り返っておられました。
その時に身につけたことが、後のお店づくりや、百貨店のウィンドウを飾る仕事に生きていきます。
ウィンドウの中で飾りつけをしていると、全体が見えません。一度飾っては外へ出て眺め、また中へ戻って手を加える。その行き来を、何度も繰り返していたそうです。
思い描いたものを、どう形にするか。図面や模型に向き合った頃の経験が、今の仕事を支えていたのですね。
私の経験も、これから生きてくるかもしれない
今回の講演では、石村さんの以前の仕事や子どもの頃の暮らしが、今の「くるみの木」の土台になっていることを知りました。
お話を聞きながら、私自身の経験もそうかもしれない、と気付いたのです。
今すぐ役に立つかどうかだけで、その価値を決めなくてもいい。
これまでやってきたことが、これから思いがけないところで生きてくるのかもしれません。
そう思うと、これから積み重ねていく毎日も、大切にしたくなります。
講演の終わりには、石村さんからのメッセージ。
「空を仰ぐこと、鳥の声に耳を澄ますこと、足元の草花に目を向けること」
明日の自分を作るのは、特別な出来事ばかりではない。
そんな小さな日々も、自分の中に残っていくのですね。
人生に、むだなことなんてない。
石村さんのお話を聞いて、私が持ち帰った思いです。

講演「明日のわたしを作るために」/講師:石村由起子さん(くるみの木オーナー)
講演内容の要旨と、参加して感じたことを記しています。